ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
 
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 3,ヨーゼフ=ネダー博士
 博士の住まいは意外に簡単に見つかった。古いが、意外と小綺麗ではある。ドアをコンコンと叩いたが、返事はなかった。
「いないのかな?」
「かも知れないわね。」
「もう一度やってみるか・・・。」
アルザスはもう一度ドアに向かい、拳をつきだした。
 突然、ドアが勢いよく開き、アルザスは開いたドアにぶち当たってそのまま吹っ飛ばされる。
「あたたたた・・。いってえな。畜生。今日は厄日だな!」
 ちょっと文句を言ってやろうと思ったが、出てきた男は文句を簡単に言えそうな男ではなかった。肩幅の広い中年でがっちりとした体格をしていた。同じ体格が良くてもどこかひょろっとしたところのある逆十字の男とは違い、こちらは現役軍人で通用しそうなどっしりした感じである。角張った顔にギョロ目と太い眉があり、顎には髭まで生やしている。その色は髪と同じく銀色だった。
「何か用か?」
男は太い声で言いながらその目でアルザスを睨んだ(ように見えた。)
「い、いや、人違いでした。」
 とっさにアルザスは言った。こういうタイプの人間とは関わらないに限る・・・アルザスの本能がそう告げたらしかった。そして彼はその言葉に忠実に従おうとした。
 だが、その男は引き下がらなかった。
「いいや!その目は私に用がある目だ!さあ、中で話を聞こうじゃないか。」
何の根拠があってか男はやけに自信たっぷりにそう決めつけ、アルザスの後ろ襟を掴んで家まで引きずっていく。ライーザもこの男が博士でないと思い、を見て関わらない方がいいと思ったので、慌てて男にこういった。
「あ、あの・・あたし達はネダー博士の所へ行かなくちゃいけないんで・・・。」
男は満足げに一人納得した。そして、その少女を眺めながら憮然としていった。
「やはりな。私の勘は良く当たるからな。私がそのヨーゼフ=ネダーだ。」
「は?」
 アルザスもライーザも一瞬言葉を失った。いくらあのサトラッタ爺さんの知り合いだと言っても、ここまで学者らしくなく、それからここまで強引な男だとは思っても見なかった。
「あなた・・考古学者でしょ?」
「一応、そのような体裁になってはいるらしいが・・・まあ、肩書きなんて大した役にもたたんしな。」
(普通は役に立つと思うけど・・・。)
ライーザは心の中でそう思いながらこのいかにも軍人ぽい学者様をじっと見ていた。
「どうでもいいけど、降ろしてくれよ!人を猫みたいに持ち上げてさ!」
 たまりかねて文句を言ったアルザスはネダーに引き上げられて足が地上に着いていなかった。
「悪い。忘れていた、忘れていた。」
ネダー博士はまるっきり悪びれもせず、アルザスを乱暴に下に降ろした。
「まあ、いいだろう。詳しい話は奥で聞こうか。」
 博士は二人を奥の間に通した。そこには妙な本が山積みされ、妙な形の字が書かれていたり、妙な絵が描かれていた。それから何かの壺や古びた剣や何かが散乱していた。
「何だ。サトラの知り合いか。」
 二人が事情を話すとネダーは事も無げにそう言った。サトラというのはサトラッタの事だろう。
「あの爺さん、今もまだ腹黒く元気かね?」
「最近とみに腹黒く元気になっています。」
ライーザが真実をそのまま伝えて、(やっぱりあの人の知り合いがまともなわけないのよねえ。)とぽつんと思うのだった。アルザスが会話に割ってはいる。
「あのよ、それで地図のことだけど・・・。」
「おお!それだそれだ!早く見せてくれ!それか!」
 博士は顔色を変えてアルザスの持っている紙切れに飛びついた。どうやら感情の起伏が激しいタイプらしい。博士はその地図にランプの光をすかせてみた。ネダー博士の表情の変化は素晴らしくおもしろかった。まず大きく目を見開き、それから驚きのために顔が紅くなってきた。ようやく震える声で博士は言った。
「た、確かに・・・!すばらしいっ!本物だ!」
喜びのためか博士は小躍りし始める。
「素晴らしいぞーっ!生きている間に一度でも手に出来るとは!ああ!まるで夢のようだーっ!」
「ねえ、この人大丈夫?」
ライーザがボソッとアルザスに訊く。
「オレに訊かれてもな。」
「おい、小僧ッ!」
突然、ネダー博士がアルザスに話題を振ってきたのでアルザスはぎくっとする。
「な、なんだよ?」
「これはどこで手に入れたんだ!」
「い、いやそのヴェーネンスの廃屋でさ。」
「ヴェーネンスの廃屋?おかしいな。何故そんなところにあったんだ?」
ネダー博士は、訝しげな顔して部屋をぐるりと回った。
「この地図のいわれを知っているか?」
「えーっと、何だかよくわからねえけどいろんな奴が狙ってる。すぐに他人の手に渡っちまうから謎が解けない。そんなもんかなあ。」
アルザスの答に博士は首を振る。
「甘い。ぜんっぜん知っとらんな。この地図は確かにあらゆる階層の人間から狙われる。それは世界にあるあらゆる秘宝探知機となるからだ。だが、実はこの地図だけでは全く使い道がないのだ。これを使うにはもう一つのトレイックの秘宝が必要となるのだが、ほとんどの人間はその秘宝を手に入れる前に地図を手放す羽目になる。まあ、大体が近しい人間の裏切りだがね。」
ライーザが尋ねた。
「じゃあ、そのもう一つの秘宝って何?」
「それは“羅針盤”だ。伝説では地図は羅針盤と共に使わなければ意味がないことになっとる。実際もそうだろう?地図だけ持っていてもどちらが南か北か解らなければ意味がない。」
「羅針盤?それ、どこにあるんだよ?」
アルザスが先をせかすと博士は「落ち着け」と言った。
「まあ、待て。そう簡単に見つかってればとっくに地図は活用されているだろう?もっとも、八年ほど前、
一度かなりの所まで行った男が居たらしいがな。」
「誰だよ?」
「それがどうも海賊だったらしいでな、名前は『地獄のダルドラ』とかいわれてたそうだ。まだ、相当な青二才だったらしいのだが、かなりの切れ者だったらしい。一緒に地図を手に入れて捜索していた軍隊や他の大物をすっぱ抜いて地図を持ち逃げしたような男だったらしいからな。でも、どうやら若いということ以外あまりよく知られていないらしい。」
 ネダー博士の話にアルザスは興味を示す。
「じゃ、どうしてそいつは地図を手放したんだ?」
「切れ者でもまだ若すぎたんだな。信頼していた手下に裏切られてある町でやってもいない殺人容疑で裁判も無しにすぐに縛り首になったらしい。噂によるとそいつを早く消したいが為に手下共が役人に金をやったらしいんだな。ところが、死んだ後でその男が地図を持ち逃げしていたことが発覚した。慌てて調べようとしたがもう殺してしまっていたんだから地図の手がかり一つも見つからなかったそうだ。」
「じゃあ、どうしてヴェーネンスにあったの?」
「それが謎だな。まあ、隠し場所にはもってこいだが・・・。」
ネダーはため息をついた。
「なるほど。だからこの間からサーペントとかあの逆十字おやじとかがオレ達をつけ回すんだな。海賊が持ち逃げしたんだから海賊の中でよりはやく情報が回ったんだな。」
「なんだ、お前達、すでに海賊に狙われているのか?」
 博士の言葉にライーザが深くうなずく。
「今のところ、海賊だけだけど。逆十字の何とかって人と、サーペントにね。」
「まあ、まだ海賊だけならいいが、その内どこぞの軍隊の特殊部隊が来るかもしれんから気をつけておけよ。まあ、その地図を持つと言うことはこの世の人間の三分の1は敵だと思ってもかまわんだろうな。」
さらりというネダーにアルザスは驚愕する。
「そ、そんなにも?敵に回すのか?」
「当たり前だ。賊なら賊という賊・・・あらゆる国々・・・または学者・・・金目当ての人間も多い。それからお前達のようなどちらかというと興味本位言う人間もたまにはいる。まあ、私もどちらかというと興味本位なんだが・・・宝が金目の物とは決まってないわけだし。」
そこまで言ってから、一度息をつくとネダーは言った。
「さて、このトレイック文字を読まねばな。きっとこれに羅針盤の在処のヒントがあるはずだ。」
二人は深々とうなずいた。
 
 そろそろ、町にも夜のとばりが降りようとしていた。
 
 その店内は実に優雅だった。こういう店にはまるで慣れていない三人は多少浮いてはいるが、格好的にはおかしくなかった。ただ、ひとり食事の時にも帽子を取らない男が居るのを除けばであるが・・・。
「お・・おかしら・・・オレ達・・・。」
ティースがぼそりとおかしら様につぶやくが、フォーダートはこれで案外落ち着いていたりする。
「心配するな。黙って食べてりゃ問題はない!」
(あんたが一番問題なんだよ。帽子取らないで食べる人間はこんな所あまり居ないだろう?)
と思いながらもいうのもあまりかわいそうなのでティースは黙って食べることにした。
「でも・・・珍しいですね・・。こんな店に連れてきてくれるなんて・・・。」
「この前の趣味の悪い金塊が思いの外、高額で売れたからな・・。あとオレが二週間前、まっとうなバイトで稼いだから今のところ余裕があるんだ。」
フォーダートはため息ついて、これでも貴族の不良息子よろしくそれなりにテーブルマナーは守っていた。どこで覚えたのは知らないが、意外に上流的なマナーを知っているみたいである。ただ、彼の場合、その身に染みついた雰囲気が彼をまともな貴族には見せていなかったが・・・・。
 フォーダートは酒の飲めない手下二人とは違い、かっこよく赤ワインなんぞを頼み、グラスに入れて子供のように喜んでいたが、その一口めを口にする前に彼はふと動きを止めた。
「どうしたんです?」
勘のいいティースはおかしらの様子の変化にすぐ気付いた。こういう顔をしているときは何か気になることがあるときである。
「あそこの中年の紳士・・・誰だかわかるか?」
フォーダートは口でのみ笑って、グラスをゆるりと回した。ティースはおかしらのいう人物を見た。ロマンスグレーの髪の毛をオールバックにした上品で知性的で、多少厳しそうな感じがする、長身の男である。怪訝な顔でティースは聞いた。
「あの人ですか?」
「ああ。そうだ。あれはデライン軍のレッダー大佐って男だ。一緒にいるのは、サーペントの手下の一人。あいつの部下で一番顔の上品な奴だな。」
 デライン帝国は世界最大の軍事国家として名を馳せていた。現在最も勢力のある国で軍事のみならず、産業も世界有数の国家でる。アルザス達の住むナトレアードもそれなりに裕福な国だが、デラインは何しろ大国であるし、この前の戦争の勝利者であるだけに現在の立場は比べ物にならない。その大国の軍隊の大佐の名がここに出たのに驚いたが、勘のいいティースはおかしらの顔がサーペントの手下に見られるのを恐れた。慌てて小声でおかしらに進言する。
「か、顔でばれませんか。おかしら。見られたら・・・。」
「安心しろ。オレの顔は意外に見られていない。奴らが見ているのは専らオレの傷痕と目だからな。こうして顔を隠してれば問題はねえ。」
「そうですね・・。そういえばあまり顔は見てないですね。彼ら。どっちかというと服装かな。」
黙っていたディオールが小声で言った。フォーダートは帽子の影から相手の様子を覗きつつ、グラスのワインを一口二口すすっていた。
 やがて、サーペントの手下とおぼしき男はレッダー大佐に挨拶をして立ち去っていった。レッダー大佐の方も席を立った。それにあわせて、フォーダートも席を立つ。
「失礼・・・。」
フォーダートは何とレッダー大佐に声をかけたのだった。
「何ですかな?」
振り返ったレッダー大佐はこの怪しげな男に多少警戒したようだった。だが、フォーダートの方は平気な様子で続ける。
「いや、あなたをどこかで見たような気がいたしまして・・・レッダー大佐ではありませんか?もしや。」
「よく間違われますが人違いです。」
「そうですか・・・。申し訳ありませんでした。以前レッダー大佐には世話になった者で、是非ともお礼が言いたかったのですが・・・。」
「そうですか・・。ご本人にお会いできることを祈っております。」
 二人はそれでこのたぬき芝居を終えた。戻ってきたフォーダートにティースはこそりとささやく。
「違うって言ってましたが・・・。」
フォーダートはフンと鼻先で笑った。
「いや、あれは本人さ。声にしろ顔にしろ、あの人を見るときの目つきは間違いなくレッダー大佐だ。あの大ダヌキめ。よくもまあヌケヌケと。あいつがサーペントの手下と会ってたってことは地図のことが軍隊に知れわたっちまったって事。しかも、この国・・ナトレアードの甘い軍隊じゃなく、世界最強の軍隊をもつデラインの軍部に知れたって事はあいつら・・・そうとうやばいな。」
不吉な言葉を口にしながら、ティースはフォーダートの表情にはスリルを楽しんでいるような所があるのを見て取った。今まで知らなかったお頭の一面があかされた気がする。
(まあ、いいか。この謎だらけのおかしらの本性を見るチャンスだぜ。)
ティースはそう思い、ひたすら不安がるディオールとは違い少しの期待を胸に抱いていた。
 フォーダートはニヤリと笑い、自分にしか聞こえない小さな声でぽつりと呟いた。
「ゼンツァード・・・。八年ぶりだな。」
      
 
「ぜ・・ぜんつぁーど?」
 アルザスがたどたどしく復唱した。
「そうだとも。ゼンツァード洞窟遺跡だ。このナトレアード国に残された数少ないトレイック遺跡だぞ。お前、知識無いな・・・。」
「だって、そんなの興味ねえんだもん。」
「馬鹿者ー!自分の国の重要遺跡位覚えとけっ!」
アルザスのセリフにもともと声のでかいネダー博士のとびっきりの怒号が響く。
「でも、ゼンツァードは観光地化されてないのよね。トレイック遺跡ってかなりマイナーよ。」
お風呂上がりですっかりさっぱりしているライーザがそう言いながら髪を拭いて出てきた。今日は解読の時間もかかるし、無駄に金を使うのも何だということでネダー博士の家に泊まることにしたのだった。
「あ、次どうぞ。」
「今、すごく重要なところなんだ!席を外されては困る。大体、お前には最初から話さねばならんし・・・。」
博士の意見にライーザはしゃらっと言った。
「ああ、大丈夫。ヨーゼフ博士は声が大きいから。風呂場の中で全部きいてたもの。」
「な、ならいいか。とにかく、《この地図には『ゼンツァード』の地に『羅針盤』を隠す。真の勇士たる者、これを探すべし》・・・とある。」
「じゃあ、早速明日行こうぜ!」
アルザスのセリフにライーザがうなずく。
「ゼンツァードはここの近くでしょ?」
「ああ・・。この先のフィレア山にある。明日は私も一緒に行こう。この小僧の感覚はかなり怪しい。それにトレイック文字を読めるのは私ぐらいしかいないしな。」
博士はかなりやる気満々で明日の用意をしたらしいリュックサックから様々なものがはみ出していた。その中にどう考えても銃か何からしいモノが混じっていたり、爆弾のもとみたいなモノが入っていることから見てもやっぱり暴力的なネダー博士である。どうやら、彼は従軍経験のある人間らしかった。
「まあ、仕方ないか。じゃ、明日はゼンツァードだな!」
無茶をしそうなネダー博士を連れていくのはあまり気乗りのしないアルザスだったがとりあえず納得し、ライーザの後に風呂にでも入ることにした。
 
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